about当店について

会社案内

私たちは日本一海外から蘭の花を輸入する花屋です。
昭和40年10月3日、名古屋市瑞穂区にある商店街5坪の小さいお店で始まりました。
創業以来、花を愛するお客様に笑顔で喜んでいただくため、新鮮で長持ちする花をご提供したいという想いから「産地からリビングまで」をテーマに、国内をはじめ、海外十カ国の自社農場と契約農場で生産して、日本全国の花市場に出荷している花屋です。

代表挨拶

花屋を生業(なりわい)とするわが家は、私が生まれたころは5坪のお店と、八畳一間がいっしょになった長屋でした。

下町の商店街にお店があり、めし屋、お好み焼き屋、自転車屋などがありました。
父は十六歳で花屋に修業に入り、昭和四十年十月に二十九歳で独立しました。

母の口癖は「お前はお客様とご近所様に育てていただいたんだよ」でした。父母ともに早くに親を亡くしており、私が生まれて間もないころは、来店したお客様に毎日お風呂に入れていただき、少し大きくなると、隣のおばあちゃんに子守をしてもらっていたそうです。
お客様とご近所様には深く感謝しています。

私の子供の頃の遊び場は花屋の店先であったため、母の「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」を聞いて育ちました。
母は底抜けに明るい人で、お客様の多くは花を買いに来るのが目的ではなく、母と話しをするついでに花を買ってくださるのではと思うほどでした。

ある時、母がお祝いの花輪に釘で名札を打ちつけていると、お客様が来店しました。
お相手をする母の目を盗んで、私は母と同じように釘を口にくわえて金槌(かなづち)を振り下ろしたところ、力が入りすぎて、ごくんと釘を飲み込んでしまいました。
母に「釘を飲んじゃった」と伝えたところ、もうびっくり仰天(ぎょうてん)して、一目散(いちもくさん)に病院に連れて行かれたことを今でも思い出します。

十七歳で私が英語も分からないままアメリカへ留学した時、知り合ったアメリカ人のご夫婦に四年半、自分の息子同様に面倒をみていただいたのも、子供の頃商店街の「人情長屋」で育ったことが良かったのではと思っています。
現在は、海外十ヶ国で生産した花を、日本全国の市場に卸す仕事をしています。
すべて人と人とのご縁で、そのご縁をより生かす方法を教えてくれたのも、花屋の店先で育ててくれた母であると心より感謝しています。
私は、母のような明るい心深い花屋さんを目標に励んでまいります。

株式会社 美里花き流通グループ

代表取締役  CEO

櫛田 篤弘

KUSHIDA ATUHIRO

社名 株式会社美里花き流通グループ
代表者氏名 櫛田篤弘
所在地 愛知県名古屋市瑞穂区神前町2丁目38番地
資本金 3790万円
創業・設立 創業昭和40年10月3日、設立平成13年10月23日
従業員数 26名
事業内容 生花の生産、卸売、小売、輸入
沿革
昭和40年10月3日
花のみせ美里創業
平成13年10月23日
美里花き流通グループ設立
平成14年
海外切花委託生産開始
平成16年
海外鉢物委託生産開始
平成18年
FLOVERS岡崎店開店
平成22年
国内鉢物自社農場開始
平成27年2月
FNEXT導入

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ショップ・農場・加工センター・スタッフの紹介

フラワーショップの紹介

花のみせ美里
時々、お店の名前はどうして美里さんといいますかと聞かれます。創業者のお名前とも聞かれますが、実はこのお店の名前は創業者が修業させていただいた親方の字を一字いただき、毎週花瓶に花を活けるお仕事をいただいていた、姓名判断の先生につけていただいた名前です。
創業以来、徹底的に鮮度にこだわった花をそろえさせて頂いています。

FLOVERSフラバーズ
FLOWER と LOVER 花好きのスタッフがお花好きのお客様にユニークで上質な暮らし、あたたかい想いでを提供させていただきます。

農場

50年以上観葉植物一筋で生産している農場です。毎日が真剣勝負の生き物相手のお仕事です。そんな大変な仕事でも、朝、ふと気付くと、輝くばかりの花芽を出している植物を見ていると、なんともたまらない気持ちになります。

花加工センター

名古屋セントレア空港にあり、国内外の花がコールドチェーンで安全に鮮度を保ちながら加工から、配送までを行なっております。

スタッフ紹介

私たちの願い「一隅を照らすもので、私たちはありたい、私たちがうけもつ一隅が、どんな小さいみじめな、はかないものであっても、わるびれず、ひるまず、いつもほのかに、照らしていきたい」これが私たち全員の願いです。